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くますいものがたり 5

1995年4月11日。

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ついにこの日がやってきました。メンバーは少ないもののいよいよ「熊野吹奏楽団」スタートです。

軽い発足式を相談役顧問の臨席をいただき、楽長・副楽長・各部長を選出し始動しました。

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この日、楽長を拝命し、新しい生活のスタート。楽しみな気持ち十分でしたが、その後様々な紆余曲折が待ち構えていました。

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最初に取り組んだ曲は、確かインスタント・コンサートでした。少人数、ブランクの長いメンバーということですからもちろん演奏の出来は良いものではありませんでした。しかし、この後練磨をしっかり行い、「日本一の努力をしよう」という言葉の元、必死に楽器と格闘したことが今でも思い出されます。(日本一の努力はまだまだしていないと思いますが、努力を惜しまないバンドになるようメンバーが心がけてきたと思います)

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そして、練習するにはやはり発表の場が欲しい。

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ということで、相談役顧問の先生に相談し、熊野高校吹奏楽部と共催で「フレンドリーコンサート」の開催を決定。行ったのは1995年8月6日。

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この年、広島は50回目のヒロシマを迎えた年でした。そして開催日は原爆の日。「平和・祈り・友情」をテーマに、世代を超えた友情のハーモニーを奏でようと決意したのでした。

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高校も人数が少なく、なかなか活動が行えていなく、合同で取り組みましたが、なかなか威張れる演奏ではなかったと思いますが、熊野町で吹奏楽の響きを世代を超えて、平和を祈り演奏したこのコンサートは誇らしいものであったと思います。

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このコンサートのメイン曲は、ネルソン作曲の「広島市民に捧ぐ曲~冬至の朝のためのアレルヤ」でした。1989年5月に東京佼成ウインドオーケストラが広島で初演した曲です。故・フレデリック=フェネル博士が1988年の同オーケストラの広島公演の際に、宿泊した広島厚生年金会館ホテルの一室に差し込む朝日の光に感動し、その思いをネルソンに伝え作曲された作品です。この初演を聴いた際に、「ヒロシマを考えさせる唯一の吹奏楽曲」として強い印象を持ち、このくますいの旗揚げコンサートで原爆の日に演奏することができた喜びは今も忘れません。

また、オープニングではスーザの「海を越える握手」を演奏し、世代を超え、地域で活動する者たちの友情を深めることができたことも同様です。

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演奏会に向けては、ブランクがあるものが集まった集団に、高校は初心者がほとんどという状況。音楽を作ると言うより、楽譜を理解していくという作業がほとんどだった記憶が強いですが、こうした何にもない状況からはじめた苦労や努力は今のくますいの活動の礎になっています。

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~つづく~

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がくちょう

Author:がくちょう
広島県熊野町に活動拠点を置く市民吹奏楽団「熊野吹奏楽団」の音楽監督兼楽長。

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